もちろん映像はすべてモノクロであり、カメラワークも現代のものと較べると正直かなり見劣りするものだ。しかし、そんなことはほとんど問題ではない。音質もモノラルだが、当時としてはむしろ非常に鮮明なものであり、トスカニーニの音楽性を雄弁に伝えている。
収録されている演奏はすべてが圧倒的な名演である。マグマのようなエネルギーをはらんだ音の塊がぶつかってくるベートーヴェンの「第9」やブラームスの「第1」。スケールの巨大さに格調高さが加わったワーグナーの《タンホイザー》序曲。全身全霊をかけて燃え尽くすかのようなスリリングなロッシーニの《ウィリアム・テル》序曲。トスカニーニの指揮を観て改めて気付かされるのは、無駄が一切なく、迫力あるフォルテッシモよりも、むしろ繊細な歌のピアニシモに緊張感ただよう指示が多く見られることである。おそらくトスカニーニの目指していた、そして現実に鳴っていた音は、私たちがLPやCDで聴いてきた乾いた音よりも、ずっとつややかで滑らかで、官能的な美を湛えていたのではないだろうか?
そしてハイライトと言えるのが1949年3月26日と4月2日に分けて演奏されたヴェルディの《アイーダ》全曲演奏会形式。この凄絶な迫力と繊細な歌に満ちた《アイーダ》でおもしろかったのは、各幕が終わってからのトスカニーニの態度で、まったく愛想のかけらもない。歌手をねぎらい、オーケストラを立たせはするが、ブラヴォーを叫ぶ客席に一度もお辞儀もせず、不機嫌な顔をして足早に袖に引っ込んでいくだけである。その後姿は、ショウマンシップとは無縁の、晩年の頑固一徹な巨匠の生き様、いまは失われた純朴な芸術家気質を表しているようで、微笑ましくもある。ますますそんなトスカニーニの個性を好きになってしまいそうな、いろいろな発見ができるのも、映像ならではのおもしろさである。(林田直樹)

